HOXAN

インタビュー

押野見邦英氏Kunihide Oshinomi

常識にとらわれない「建築」

1993年に設立したケーオーデザインスタジオは、一応は建築設計事務所ですが、 家具やドアーハンドルなどのプロダクトデザイン、そしてインテリアやファッションに至るまで、従来の建築の範疇にとらわれることなく、幅広いデザインを手掛けてきました。大学生の頃、通っていた横浜国立大学の工学部建築学科では建築の基礎である構造力学や設計製図などを学びましたが、それとは別に並行して桑沢デザイン研究所へも通い、造形の基礎教育を受けました。こういった経験から様々な視点から見る「建築」の捉え方を学び、その後のあゆみを進めることとなりました。鹿島建設設計部部長の任を経て、現在はケーオーデザインスタジオを主宰するほか、芝浦工業大学建築学部で客員教授を務めています。大学の講義では、自身の大学時代の経験も活かし、若いうちから建築物の設計だけを教えるのではなく、実際にそこに存在する「人」がいかに心地よく過ごせる空間を作れるかというインテリアデザインについて学ぶことの重要性を学生たちに伝えています。

今までになかった驚きを与える

都市環境における建築のあり方を考えるだけではなく、「人」を主体に考えた建築が「インテリア」です。その充実を図ることは建築全体の出来上がりに大きな影響を与える部分となり得ます。そのインテリアをデザインするにあたり欠かせない素材の一つが「木」です。印刷の木目柄などの建材もある中で、例えば二つとして同じ木目のない天然木のツキ板はかなり不自由な素材といえるかもしれません。しかし、その不自由さをどのように克服して空間へ結び付けていくかを考えることが建築の楽しさであり、個性ともなる存在感を生み出すエッセンスとなるのです。これまでになかったような新鮮な驚きや感動を与える空間を演出できるところが、ツキ板の良さであり、インテリアに木を取り込む意義だと思っています。

北三のツキ板を採用した五反田の某マンション (撮影:セカンドウィンド)

北三とのつながり

ある赤坂のマンションでインテリアデザインを担当していた時には、ヒッコリーの原木をフリッチに製材するところから立ち会いました。工場は茨城県の龍ヶ崎市にあり、冬の寒い中 での作業でしたが、どのようにして美しい木目が生み出されていくのかというプロセスを実際に目にすることができ、設計する際にその木がもつ特徴を最大限に生かしたデザインを追求 することができました。一流の料理人も実際に畑へ赴き、自分が料理する素材を確かめるものだとよく聞きますが、それは建築家にも通ずるところがあると思います。部材のサンプルを 見るだけで満足するのではなく、素材の特徴をよく見聞きし、それをうまく生かす術を知ることが設計者にとっては大事なのです。自然物である木は、1本1本丸太の大きさ、形も違え ば、仕上がりのツキ板も様々な幅、長さのツキ板や端材がでてきます。木を知らない人は幅広で長いツキ板だけを使おうとしますが、それでは無駄が多くなってしまいます。ものづくり に携わるものならば、素材を無駄なく適材適所に活かせるような、そんなデザインを考えていくべきなのです。

事例写真を見せながら語る押野見氏。

時代を超える建築

ケーオーデザインスタジオ事務所にも置かれている存在感漂うフィン・ユールのチーフティンチェア。この椅子に使われている無垢材の木の曲線美は唯一無二の存在感を引き立てくれて います。20世紀中葉の北欧家具の黄金期に活躍したデンマークを代表する家具デザイナーであったフィン・ユールの家具は、今でも時代を超えて多くの人に愛されています。 建築は美術館の中に飾れるようなものではないですから、その時代に合ったもの、さらには時代を超えて愛されるものを目指してデザインされるべきだと思っています。日本ではこれま で美しく古びるものを良しとしてきましたが、現代では欧米やヨーロッパのようにリノベーションをして、その時代に合わせたスタイルに変えていくことも求められていく時代だと思い ます。建築物が出来上がって終わりなのではなく、そこに集う人がいて初めてスタートし、使い込むことで出てくるその空間ならではの味を楽しむという考え方が日本のインテリアにも 必要となってくると思います。その中で、天然木のような経年変化により一層美しくなり、独特の風合いが増してくる素材は、インテリアにこそかかせない存在ではないでしょうか。

フィン・ユールのチーフティンチェアに腰掛ける押野見氏