HOXAN

インタビュー

善本知孝氏Yoshimoto Tomotaka

受け継がれる『木のはなし』

30年も発行され続けた木の教科書。

当社の新入社員研修時に渡される必読書『木のはなし(大月書店)』。木の細胞や木材利用法、森と木と人との関係性などを多角的にまとめられた、いわば木の教科書的存在。その著者である善本知孝先生のご自宅を訪ねました。この本はおよそ30年前に出版されましたが、版を重ね、最近まで発行されていたそうです。高校の入試問題にも使われていたことがあり、意外と知られていない木の特徴が読みやすくまとめられています。読者を木の魅力に引き込む語り口で、専門用語もいつの間にか頭に入っているという不思議な本。御年86歳になられた今も、定期的にブログを更新されたり、興味ある分野や学問を深く掘り下げる活動を行っていらっしゃる善本先生にお話を伺いました。

大学時代(東京大学林産学科)の恩師に引き立てられ、大学院生から助手になったことをきっかけに、いつしか一つとして同じものがない、個性的で多様性のある木の魅力を追求していきたいと思ったそうです。善本先生が最も面白いと感じたことは、数億年の歴史がある針葉樹と比べ、およそ5000年の歴史をもつ広葉樹とでは幹の仕組みが全然違うということでした。幹を構成する主成分の95%は似ているものの、残り5%の組成の違いが木の個性と多様性を現しているそうです。木の色の違いを生むのもその所以であるため、例えば当時の通説ではその5%の抽出成分が木材の変色の要因にもなっているとするものでした。しかし善本先生の研究により、それは一例にすぎず、大半の変色例は抽出成分の存在とは無関係で、それ以外の成分が原因だということを明らかにされました。

研究がきっかけで生まれた、北三とのつながり。

木材の抽出成分に興味を持ち研究を深めていく過程で、世界の様々な木を取り扱っている北三株式会社ともいつしか繋がりができるようになりました。ちなみに善本先生のご自宅の壁には、北三の「サンフット:松」が貼ってあります。何と貼られたのは30年以上前で、長い歳月を経て松の色はいい飴色に変わっており、天然木ならではの経年変化の深みが感じられました。長く当社の製品を使って頂いている事例を目の当たりにでき、大変嬉しくまた貴重な経験をさせて頂きました。

大きなバルサを軽々持ち上げている少年時代の善本氏のご子息。

バラエティに富む広葉樹の魅力を、様々な角度からも紹介されています。印象深かったのは、この写真。最も軽い木材のひとつであるバルサ(気乾比重0.16)だそうです。最も重い木材のひとつリグナムバイタ(気乾比重1.24)も、共に広葉樹。昔は船のスクリューの軸受けとしても使用されていました。色素の原料や樹脂分の量の違いによって、同じ広葉樹でも色も重さも違う。そんな天然木の持つ不思議な魅力をもっと多くの人に伝えたい。本から感じた、森と木についての面白さをやさしく語りかけてくださっている印象そのままに、ご本人からも木への愛情がひしひしと感じられました。

善本先生は幼い頃より喘息に苦しみ、30代の頃ようやく普通と呼べる体になったそうです。その為体の弱さと上手に付き合い、共に生きていく術を身に付け、無理をしなかったことが今日まで元気でいらっしゃる理由の一つだそう。また人一倍耳が良く、音楽にも造詣が深い為、壁一面がショップさながらに様々なジャンルのCDで埋め尽くされていました。なかでもオペラが大好きで、世界中のオペラ劇場に行かれたそうです。とりわけイギリスのコベントガーデンにあるロイヤルオペラハウスへは、これまで5回以上も足を運ぶほど。都内の様々な音楽ホールの会員にもなっているそうです。

善本氏(右)と夫人(左)。壁にはサンフット(松)が使われている。

木材業界を牽引する教え子たち。

善本先生の元から巣立っていった教え子の方々は、現在多種多様な業界の第一線で活躍するスペシャリストになっている方も多く、今日の日本の木材業界を牽引する方々も多数。後任で研究されている方が学術振興会奨励賞を受賞されたり、木材の持つセルロースのゲル化に成功し、木材業界のノーベル賞とも呼ばれるMWP賞 (Marcus Wallenberg賞)を受賞された教え子の方もいらっしゃいました。自身の学問が少しでも世の中の役に立てれば、との思いがインタビューを通しても終始感じられました。受賞のニュースは、先生の思いが世代を超えこれからの社会に確実に受け継がれている証です。

木は永続的に持続可能な天然資源ですが、人間が現在有効に使っているのは利用可能な木のごく一部であり、大半は処分されています。「限りある資源ですから、もっと効率のいい使い方を考えるべきだと思いますし、それが残された重要課題です。受賞された後輩たちの研究が、二つともそれに向けられているのは好ましいことです」と善本先生は仰っていました。先生の思いは既に着実に次の世代に受け継がれています。